大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和44年(あ)1298号 決定 1970年9月29日

本籍

千葉県佐原市佐原イ五一三番地

住居

同県市川市市川四丁目三番二号

会社役員

八木清

大正二年六月二〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四四年四月三〇日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人出射義夫の上告趣意は、判例違反をいうが、実質は、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。また、記録を調べても、同法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松本正雄 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 飯村義美 裁判官 関根小郷)

○昭和四四年(あ)第一二九八号

被告人 八木清

弁護人出射義夫の上告趣意(昭和四四年七月二二日付)

原判決は、貴裁判所の判例に違反する。

原判決は第一審判決が判示第一として、被告人の昭和三八年分実際課税所得金額を二、七二七万三、一〇〇円、逋脱税額一、一二四万二六〇円と認定し、判示第二として被告人の昭和四〇年実際課税所得金額を一、九二七万三、二〇〇円、逋脱税額五七二万四、九四〇円と認定し、被告人に対し懲役六月(二年間刑執行猶予)および罰金四五〇万円の刑を言渡したのを支持し、被告人の控訴を棄却する理由として、原判決の量刑は昭和三三年四月三〇日最高裁判所大法廷判決(民集一二巻九三八頁)に合致する趣旨を説示しているが、これは甚だしい誤解である。

すなわち、前記大法廷判決は、旧法人税法四三条の追徴税と同法四八条、五一条の罰金刑とを併科することは憲法第三九条の二重処罰禁止の条項に違反しない旨を示したものであるが、その反面に追徴税が過少申告、不申告による納税義務違反の発生を防止し、申告納税の実を挙げるための制裁的意義があることを肯定した上で、同時に、逋脱犯に対する刑罰としての罰金は逋脱者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目し、これに対する制裁として科せられるものであるとし、罰金と追徴税の賦課の併科そのものは二重処罰にあたらないことを明らかにした判例である。

この点に関する控訴の趣意は、併科そのものを憲法違反であると主張したものではない。右最高裁大法廷判決が明白に逋脱犯に対する刑罰としての罰金刑は行為の反社会性、反道義性に対する制裁として科せられるという責任主義の原則を採つているのに拘らず、第一審判決の量刑は懲役六月と併せて罰金四五〇万円という多額の財産刑を科したのは道義的非難の限度を超え、利益剥奪的追徴を考慮した量刑であり、それ故に二重処罰禁止の精神と反すると主張したのである。

罰金額が四五〇万円という財産刑は、一般の犯罪に対する道義的責任の限度を遙かに超えていることは、他の一般刑罰法令の法定刑と対比すれば明々白々である。

現行所得税法(経過規定により改正前の同法六九条も同じである)は、往年の罰金刑によつて逋脱税求償主義(定額刑主義)を廃止し、税務上の制裁は重加算税と延滞税の賦課の税務方法により、刑罰は行為責任の限度に止むべき原則に変化した基盤に立つているのである(美濃部達吉「行政刑法概論」一九二頁以下が税法の罰金刑が損害賠償に類するとするに対比し、板倉宏「租税刑法の基本問題二九頁以下の定額刑主義の廃止より道義責任主義への変遷した沿革を参照されたい)。

このことは改正前所得税法六九条の法定刑の規定の形式を検討してみれば明白である。同条は法定刑として三年以下の懲役と五百万円以下の罰金刑を選択刑とすることを原則としている。情状による併科は例外である。而して、第二項は逋脱額が五百万円をこえるときは、情状に因り罰金額の上限を逋脱税額まで引き上げることができると規定している。

弁護人は、前記大法廷判決の趣意によつて旧法六九条を解すれば、不正行為が悪質な事犯に対してよろしく重き自由刑を科し、逋脱税の納付をなさず利得を続けている者に対しては、逋脱税額に対するまでの罰金刑を道義的責任として量刑できるようにしたのが、第一項の併科と第二項の罰金額の上限の引上げの趣旨と解することが最も妥当な解釈であつて、原判決のいうような弁護人の単なる思い付きの独自の見解では断じてない。

かような解釈に立つ限り、被告人の如く重加算税を含め制裁的納税を完了した者に対しては旧法六九条一項前段のみを適用し懲役刑を選択するをもつて足り、罰金を併科することは規定本来の趣旨に反し、依然として罰金刑に利得収奪的意味を持たせようとする量刑であるといわなければならない。仮りに若干の罰金刑を併科するとしても、それは道義的非難の限度に止めるべきであつて、精々十万円単位の罰金額以上には考えられないと思料する。

被告人の両年度の課税所得の合計は四、六五四万円余であつて、これに対し被告人は既に三、三〇〇万円の納税を履行しているのであり、これは逋脱額合計一、六九六万円余の一・七倍にあたり、懲役刑の外に罰金刑の外に罰金四五〇万円を併科することは、不当な税の免脱に対する非難ではなく、事業収入そのものを罰金の形式で追徴することであり、到底前記大法廷判決の示す原則に相容れない不当な量刑であると信ずる。

以上の理由により刑事訴訟法第四〇五条第二号により上告に及んだ次第であります。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例